彼はそこで働いている。
いつ入ったのかも知っている。
彼のことは知っている。
アイツに聞いたから知っている。










































  『なぁツォン、聞いてくれよ。俺大事な人が出来たんだ』



























































【蜂蜜の館・上】




















































 初めて訪れた。
 存在を黙認していたそこは、町の片隅でピンク色のネオンを輝かせていた。
 普段はスラムに入ることすらないというのに。
 今日は何故スラムに、しかもこんなところに来ようと思ったのか。
 自嘲気味に笑う。
「あ、会員制ですので」
 そう言った男を押しのけ、中に入った。
 男は慌てて追ってきたが、名乗るとすぐに腰を折った。
 入り口まで戻っていくのを確認し、前を見やると、そこには男がいた。







 黄色く派手に彩られた店内。
 5つの扉。
 うち鍵の閉められている扉は3つ。
 奥の扉は従業員専用か。
 残る一つはまだ鍵がかかっていない。
 いないが、きっと今からかけられるのだろう。
 誰かの手によって。





























 見覚えのある男だと思った。
 自分と同じ服を着ている上、目立つ長身。

「・・・・ルード?」

 その男はこちらを振り返る。
 相変わらずの無表情だ。
 男は何かを考え、言いかけやめて。
 
 しばらくの間をおき、ようやく一言発した。

「ツォン・・・・」

 そしてまた何かを言いかけ、やめたところで奥の扉がゆっくり開き、また見覚えのある男が出てきた。
 そちらは少し驚いたようだった。
 彼は沈黙を通す相方を見て、一瞬肩をすくめ。
 後ろ手で扉を閉めながら、猫背を伸ばすことなく、笑いながらこう言った。

「へぇ。アンタ、こんなところへ来るようなお人には見えなかったのになぁ、と」

 皮肉でもない、言葉どおりの意味の様で。








 ここでの暗黙のルールなのか。
 上司も部下も関係ない様子で。
 ここにいる意味も関係ないと言いたげな。
 聞かないから聞くなと言わんばかりの眼で。








 壁に掛かった時計を見て、細身の男は言った。

「5時間待ちだ、と。あぁ、俺らの後になるわけだから、・・・・」

「・・・・・10時間」

「そう、10時間待ちだ、な」

 私は自分の腕時計を見る。
 そのとき奥の扉が開き、中から奇異な格好をした女性が顔を覗かせた。

「新しいお客さん〜。こっちこっち。受付をすませてからよ〜」

 どうやら自分のことを呼んでいるようで。
 2人を後に、手招きされた部屋へと踏み入った。


















「ん?あぁ、あの子?今は10時間待ちよ。なぁに?お客さんもあの子目当てなの?」

「・・・・・・・」

「んもぅ、やぁね。はい、整理券。10分前には来てなきゃダメになっちゃうからね。それまではどこにいてもいいわ」

 部屋の片隅で、先ほどの女性からピンク色の券を渡される。
 それを尻目に、部屋の反対側へと視線を滑らせた。






 女性に顎を取られ上向かされて、唇に朱線を引かれていた。
 はだけられた胸元からは、鍛えられた肌が垣間見る。

「あれは恋人用よ」

「・・・・・・恋人?」

「イメクラ。わかる?」

「・・・・・・あぁ」

「そう。で、あなたは?」

「・・・・・・え?」

「あなたはどうするの?うぅん。彼をどうしたいの?」

「私は・・・・・・」

 考える。
 一つ思いついた。
 そしてそれ以外の答えが見つからないことに気づいた。
 しばらく悩み、結局そのままを彼女に伝え。

「できるか?」

「もちろんよ。多いわよ、そういうお客さん」

「・・・・・・」

「ほら、あの子ってもともとあの神羅にいたんでしょう?色々とあるのよ」

「そうか」

「時たまビリビリに破いちゃうお客さんもいるの。困っちゃうわ」

 神羅に復讐するならもっと違う方法にして欲しいわよね。
 健康的に。






 それで商売をしている彼女に言われ、私は思わず苦笑する。
 そして部屋を後にした。






「アンタ、制服にしたろ、と」

「・・・・・・」

「まぁ答えなくていいぞ。どうせ俺も同じだしな、と・・・・・・」

「レノ・・・・・・」

「ん?あぁ。あそこのメシでいいよな」

「・・・・・・」

「それじゃぁ、もう会いたくないけどな」

 客引きの男に微笑まれながら、彼等は外へと出て行った。
 外では相変わらず会員になろうと必死になっている者で埋め尽くされていた。
 その喧騒は、上では聞くことが出来ないものだ。
 物珍しく、けれど羨ましいような。
 人が人である様なその様子。
 必死になって欲しがる感情。
 私がはるか昔に忘れた感情。










 扉の開く音がした。
 すぐに後ろを振り返る。
 そこに佇み彼はいた。




































































 目が痛くなるような、明るく派手に彩られたホール。
 普段着を着せられた少年は、酷くソコに似合わない。
 沈んだ色をその眼に宿し、彼は私をじっと見た。









































 ふと、その眼が輝いた。
 口を開け、何かを言いかける。







 聞き取れない。






























































 一歩近づいた。

















































 まだ聞き取れない。




















































 また一歩近づいた。






























































 彼は口を閉ざした。



























































 彼の後ろの扉が開く。
 今彼が出てきたその部屋から、先ほど彼に化粧をしていた女性が現れた。
 私と近い距離にいることに慌てたのか、女性は彼の体を引っ張った。
 
「すみません、お客さん。この子は予約をしていただかないと」

「わかっている・・・・・・。聞きたいのだが、この子は」

「すみません。何も言えないんです。すみません」

 言葉だけを私に向けて、彼女は彼の手を引いた。
 すぐ横の扉を開けて、彼と中へ入って行く。
 扉が閉められるその瞬間。






























































 彼は私を振り返る。
 ずっと見つめていた私を振り返る。
 彼女につかまれていない方の腕を私へ伸ばし。
 そしてゆっくりとした瞬きの後、とても嬉しそうに微笑んだ。















































 心臓は鷲掴みにされた。








































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ともひと
 続きます。
 3話くらいで終わるといいかな・・・?








		
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