「…何で?」 風呂上がりの濡れた髪を乱暴に拭きながら部屋に戻ると、そこに人がいた。 呆然と部屋の入り口で立ち尽くす俺の視線の先には 小難しい顔をした兄貴が、俺の部屋の真ん中に座り込んでいる。 「お前こそこんな時間に風呂か」 「聞いてんのは俺だっ!」 こんな昼間に風呂に入ることなんて滅多にないが、 結界の上に置かれた水入りのバケツが降ってきたら入るしかないだろう。 そんなのきっと兄貴だってわかってる。 わかってて聞いてるからタチが悪いんだ。 「いや、皆出払って暇だからさ。たまには可愛いくない弟を鍛えてやろうかと思って」 「いらん!」 胡坐をかいてニヤニヤと見上げてくるこの顔がやたらむかつくのは何でなのか。 もしかしたら、風呂場に持っていった着替えを洗濯機に入れたのはコイツかもしれない。 いや、皆出払っていると言ってたからきっとコイツだ。 きっと洗濯機には既に水が張ってあることを確認してから突っ込んだに違いない。 「ちょっと着替えるからあっちいってろよ」 「何で?いいじゃん兄弟なんだから」 「…」 なんか腑に落ちないが、このままタオル一丁なのも寒いので、 渋々自分の部屋に足を踏み入れる。 タンスに手を伸ばすと同時、腰に巻き付けたタオルが解ける気配がした。 慌ててそれを阻止しようと下を向くと 目の前に見慣れた透明な小さな箱。 ピン、と飛んできた兄貴の結界は俺の額を強打した。 「うぉぉぉおおぁあ」 不意の痛みに頭を抱えて蹲ると、兄貴は声を上げて笑いやがった。 なんて奴だ。 「いってぇ!!」 「お前、隙だらけだよ」 「うるせぇ!」 思わずしゃがみ込み、額を押さえていた手のひらに血がついていないことを確認した後 俺は何度か額をさすった。ちょっと腫れている。 なのに相変わらず笑っている兄貴の笑顔が本当に楽しそうなので 流石に怒る気も失せた。 「…てか何の用だよ」 「ん?んん…」 とりあえず場の空気を変えようと兄貴に話題をふると、 兄貴は急に真顔になった。 でも相変わらず部屋の真ん中に陣取って動こうとしない。 それどころか、顎を撫でながら 「とりあえず、タオル拾えば?」 とか言うもんだから、せっかくクールダウンした俺の頭も熱を取り戻す。 「誰のせいだと…!」 叫んで思わず腰をあげ、慌ててしゃがみ込んで 床に落ちたタオルに手を伸ばす。と、 「あれ、お前毛生えて来たのか」 「!?」 きっと顔から火が出た。 出たに違いない。 「見んな!」 「お前が大人に…ねぇ」 「ンガー!恥ずかしいから言うんじゃねぇ!」 「ふーん…。精通は?来たの?」 「ばっ…!」 ひょうひょうとした顔で何言いやがるのかと思って逃げだそうとすれば、 兄貴の結界に阻まれてそれさえ出来ないことに気づく。 「あぁ…兄貴って言い出したの、いつだっけ?」 ドキンと心臓が跳ね上がって、思わず兄貴から目をそらした。 それがいけなかったらしい。 兄貴がまた、ニヤリと笑った気がした。 「へぇ…」 「…」 左手でようやく掴んだタオルを巻くには立たないといけなくて、 でもじっと兄貴が見てるから立つタイミングをつかめないまま 恐らく1〜2分、体感10分が過ぎると、兄貴が真面目な声で呟いた。 「良守。俺さ、決めてたことがあるんだ」 「は?」 その意外な声音に思わず顔を上げると、思っていた以上に 兄貴は真面目な表情だった。 「…なんだよ」 その先を続けない兄貴に苛立ち続きを促せば、 「聞きたい?」 とか言いやがってもう本当にメンドクサイったらねぇと思う。 「そっちから話題振ったんだろ」 「うん、まぁそうだね」 「…なんだよ」 「うん。良守、俺は今からお前を抱くよ」 「抱くって、俺別に自分で歩けるけど」 そう言った瞬間、兄貴はまた笑いだした。 さっきまでの真面目な顔が一転して崩れ、何故かそれに安堵する自分。 兄貴の真面目な顔をずっと見ていられる自信なんてないことをその時知った。 気づくと俺の身体は畳の上で、ケツに何かが出入りをしていた。 兄貴はあれから終始無言で、俺が何かを尋ねてもいつもの小難しい顔しかしない。 お陰で今この部屋には、俺のケツの方から 水というよりはジャムを混ぜているような音しかしない。 これは、兄貴の新たな嫌がらせなんだろうか。 「あ、兄」 酷く下半身がむずがゆく、何故そうなのかがわからない俺は 思わず目の前の兄貴を呼んでいた。 小難しい顔で、けれどもずっと俺の顔を見つめる兄貴が珍しく、 自分からは逸らせない視線が非常につらい。 「もっ」 むずがゆいこの感情が言葉にならず、たまらず視線を逸らした俺は 必死に兄貴の背中に腕を伸ばして抱きついた。 途端に身体を揺さぶる動きが止まり、同時に先ほどとは別のむずがゆさが広がった。 それはなんとも言えない感覚で、言うなれば歯がゆい衝動は 俺のよくまわらない頭をさらに混乱させる。 とりあえず息が苦しいことに気づいた俺は しがみつく腕の力を緩め、唯一自分で動かせる上半身を 兄貴から畳の上へと移した。 もう一度大きく深呼吸をして目を開けると、また兄貴の視線とぶつかった。 ぼーっと兄貴を見ていると、今度は兄貴から視線を逸らされた。 奴は下を少し見ると驚いた顔をしてまた俺を見て、そしてわけのわからないことを呟いた。 「お前、感じてるの?」 「…あ?」 途端に下半身がしびれた。 何かに歯がゆかったところを触られている感じがする。 それは授業中にトイレを我慢しているのと同じような感覚で 思わずケツに力を入れた。 「何、漏れ、漏れるッ」 もうトイレに行かせて欲しいと訴えるのに 兄貴はその刺激を辞めてはくれない。 いつの間にか閉じていた目を開けてもう駄目だと訴えると 目の前にある顔は何故か紅潮し、その顔を見た瞬間に俺は意識を失った。 「良守?…おい、良守」 ほんの数日前まですぐに泣きべそをかいていた。 いつの間にか自分のことを『兄貴』と呼ぶようになった可愛くはない弟が 腕の中でだらりと身体を弛緩させている。 「おいおい…」 意識の無い身体への出し入れなのに それでも得られる快感に押し出された精子を全て幼い弟に流し込む。 ずるりと引き出した己と弟の間に引かれた線がプツリと途切れ 弟の太腿に落ちる様は何故か自分を冷えさせた。 「…どうするかな」 初めて他人から与えられる快感を知ったのであろう弟は 失神と同時に吐き出した精液を腹に飛び散らせ、 意識が無い今も尚屹立したままになっている。 それを見て冷めた何かがまた煮えたぎるのを感じた時に 玄関から音がした。 それは紛れもなく父の声。 「…」 さて、どうしたものか。 このまま放置するわけにもいかず、かといって。 「…稽古中に倒れたから風呂、でいいか」 でっち上げた父への嘘と謝罪と弟の身体を背負って 俺は風呂へとゆっくり歩みだした。 Fin ---------*---------*---------*---------*--------- ともひと 物語の始まりということで。 2008.7 ---------*---------*---------*---------*---------