顔



























銭湯。
そう、ここは銭湯。
金払って入る価値がある風呂。
うむ。まさしくソレだ。

なかなか気持ちいい。
たまに来るといいもんだ。

小雨が降っていて、少し肌寒い。
でもそのくらいがキモチイイ。

足を伸ばす。
タイミングが良かったのか、いや悪かったのか。
俺様の長い足に、沢松が躓いた。

-バシャ

派手に音を立てたが何とかこけずにすんだらしい。

-あぶねぇな

沢松がそう言った。
俺は長い足を引っ込めてから謝った。

-わざとじゃないのヨ わざとじゃ

-でもスッゲェタイミング良かったんですけど

まぁなんにでもタイミングというものはある。
気にするなと、横に座った沢松の背を叩く。
複雑な顔をしながらも沢松は伸びをした。

-銭湯はいいな

-あぁ

-こんな近くに銭湯があるなんて知らなかったぜ 俺は

-俺はよく来るからな

-へぇ・・・・

-あ そういや猿野

沢松はそう言って立ち上がる。
お湯が俺の体を動かした。
その動きに合わせてユラユラ揺れるのが面白い。

-俺 この後用事があるから

-へ

-もう上がるんだけど お前どーする

-どーするったって 俺道わかんねぇって

-来た道を辿ればいいんだっつーの

-それを覚えてないんだっつーの

必然的に俺も上がることになる。
頭の上のタオルを取って、掛け湯を掛けて。

-てかお前こんな夜中に何の用なんだよ

-まぁ ちょっと野暮用がな

パタパタと顔を仰ぎながら更衣室。
昔からある銭湯は、未だに鍵は木のプレートで。

-ガショ

それをはめて、開けると同時に誰か来た。
閉店まで30分。
イマサラ来てもゆっくりできないだろーにヨ。
と、俺が思ったその瞬間。

-トスッ

足に何かがぶつかった。
ついでに足に巻きついた。

-へっ

驚き右下を見る。
そこにはちっちゃな人間が。

-あ ちょっと

赤いリボンの女の子。
俺を見上げた顔がまた可愛くて。

-おい 猿野 その顔犯罪だって

沢松のその言葉に応戦しようと、左を向いたその時に。
ちっちゃな手が俺のマグナムを隠したタオルを引っ張った。

-あ

思わず出た声のあと。
笑いを噛み殺した声がした。

後ろを振り返っても沢松は笑ってない。
女の子かと思えばそうじゃない。

-てか見ちゃいやん☆

慌てて女の子からコカンを隠す。
でも押し殺すことに失敗した笑い声が聞こえてくる。

女の子から視線を上げる。
そこに男が立っていた。

どうやら笑っているのはそいつらしい。

-オイ オッサン

笑うなって。
そう言おうと思ったが。

とりあえず言葉を失った。

目の前にいたのがスケベジジィだから、ってことじゃない。
ヤツにハダカを見られるってのも気恥ずかしいが気にならない。

俺が言葉を出せなくなったその理由。






走り寄ってきた女の子を抱きとめるその笑顔。






初めてみたその笑顔






俺はズボンに足を突っ込み、体を拭くのもそこそこに、銭湯を後にした。
慌てて着いてきたらしい沢松も、このクソ寒い中濡れ鼠。

-銭湯なんてもうイカネェ

泣き出した俺の頭を、沢松はただ撫でる。
悔しそうな顔をして。
何も言わずにただ撫でる。






俺はあの顔を忘れたい。




























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ともひと
 顔、ということで。
 羊の笑顔と猿の泣き顔と沢の嫉(自粛)してる顔。
 顔というか表情ですね、これ・・・・。
 まぁ、キニシナイ方向で。

2004.5
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