雫















「貫一は雫する涙を払ひて…」

 ぼそりと、彼が呟いた。
 右隣にいた男は、左から聞こえたその言葉に眉根を寄せた。

「何を言っておるのだ」

「…いや」

 そういえば俺は全て読んだことが無いと思うてな。
 ボソリとそう答えた彼に、男は言った。

「持っていたと思うが…」

「いや、いい」

 読むと眠たくなるからいいと、彼が返した。
 男は黙った。

「字を読むのが苦手か」

「苦手なのではない。知らないのだ」

 知らないから、何日もかかってしまうのが嫌だ、と彼が言う。

「…でも読んで見たいと思うのだ」

 可笑しいか、と彼が言った。
 男はいつも通りの顔で「別に」と答えた。

 しばらく沈黙が続いて、彼の左側で今まで黙っていた男が、沈黙を破った。

「ならば読んでやろう」

「おお」

 彼が感嘆の声を上げた。
 右側にいた男が眉をしかめる。
 そして、

「ならば読み書きを教えてやろう」

 と言った。
 彼は面食らった顔をして言った。

「お前がそんなことを言うとは夢にも思わなかったぞ」

「何を言う」

「俺はお前お得意の幻でも見ているのではないか」

「失敬な」

 そしてまた沈黙が流れた。
 今度は彼が破った。

「教えてくれると言うのなら聞いてやってもいい」

「…そうか」

「読んでもらった後でな」

「…」

 こらえ切れなかったのだろう微かな笑い声が、彼の左側から漏れた。
 右側の男は閉口した。





「して、掃除は終わったのですか?」

「迦遊羅殿」

「文学に浸るのはよいと思いますが…」

 床に溜まった水を見た彼女は溜息をつく。

「貫一のようにならないでくださいませ」

 そして出て行った。

「何のことだ?」

「気にするな」

「誰に言ったのだ?」

「さあな」

「読んで見れば解るだろう」

「ほぉ」

「…」

 手に持っていた雑巾を床に落とし、彼は屈んだ。

「ならば早く終わらせないとな」

「…」

 右の男は黙ったまま、左の男は尚忍び笑いをし続ける。
 左の男は右の男に板と槌を手渡す。

「高いところが苦手でなぁ」

 左の男はそう言った。
 右の男はさも嫌そうな顔をして上を見上げた。

「雨、止むといいのう」

 天井に染みを作り、ポツポツと雫が落ちてくる。
 右側の男は溜息をついて板を担いだ。





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ともひと
 えと、彼があぬびーです・・・。
 って、ほんと魔将スキだな自分・・・
 というより悪奴弥守がスキなようです。
 ちなみに本の題名は金色夜叉。
 興味が湧いた方は調べてみると
 面白いものが見れるかもです。
 あぁ、迦遊羅が言ってたのはこういうことなのか(プ
 とか思うかもしれません。

2004.8
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