地下鉄
丁度川を渡り、地下へのトンネルにさしかかった時だ。
ぎゅうぎゅうと言うほどではないが、
新聞を広げられる隙間はないような車内に悲鳴が響いた。
驚いた乗客が悲鳴の主へ視線を向ける。
僕も思わず声の主を探した。
悲鳴を上げたのであろう女性が口元をおさえて顔を背けて、
というよりはその場から逃げ出しそうな勢いで
隣人にすがりついていた。
よくみれば、彼女が悲鳴を上げることになった「原因」の周囲の人間は、
一様に彼女と同じような顔をしていた。
他人を恐怖させるような原因は何なのだろう。
僕は少し背伸びをした。
見えなかった。
仕方なく周囲の人間の表情を伺っていると、
一人だけ、無表情に「原因」を見ている人がいた。
スーツを着た、若い男性だった。
その恐怖で怯える集団の中では、彼は異質に見えた。
見ていると、その人は溜め息をついた。
そして一瞬僕の方を見た。
少し驚いた顔をした。
僕はその人が何に驚いたのか気になって、辺りをキョロキョロと見渡した。
その内に電車は駅に滑り込み、右側のドアを開けた。
その駅にしては珍しく、かなり人降りる気配があったので、
背中を押された僕は仕方なく一度ホームへ降りた。
車内とホームに、「車内で急病人が」という放送が流れた。
と同時、悲鳴がまた聞こえて来た。
「事件」があったと思われるドアの、ひとつ後ろから、
また電車に乗り込もうとしていた僕は、思わず足を止めた。
そして見てしまった。
その「原因」が引っかかっていたためなのか、
今更開いたドアから溢れて来た人と、「原因」を。
「原因」は、泡を吹いて白眼を剥いた、とても言葉では表現出来ない、
恐ろしい表情をしたスーツ姿の男性だった。
うわぁ、と思う僕の肩が誰かに叩かれた。
振り返る。
それは先ほど溜め息をついていた若い男性だった。
たぶん続きます。
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ともひと
2008.4
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