バレンタイン






『今年はケーキでな』

 一週間ほど前に、ふてぶてしいお子様がふてぶてしく言った。
 最初は何のことかわからなかったんだが、カレンダーを見て気づいた。
 あぁこれか、と。
 仕方なく、なのにニヤつく顔を抑えながら材料を混ぜ合わせる。



 気づくと、ボウルの中のスポンジケーキのタネは
 当初予定していた倍の分量になっていた。
 これは・・・どうすべきか。
 3つほど焼いてナマモノたちに配るか?
 いや、それはやめておこう。あの2匹に食われるのは癪に障る。
 でもなぁ。
 別のボウルの中で滑らかに泡立った生クリームを眺めながら、
 処分を検討する。
 やがてひとつの案が浮かんだが、
 それは実行しづらいといえなくもない案だった。
 まぁ・・・仕方ないよな。






「シンタロー!腹減っ・・・」

「お、おう、お帰りパプワ」

 パプワが最後まで言い切らなかった原因は恐らく
 テーブルの上に乗ったこいつのせい以外に考えられん。

「あ、あのな、多く作りすぎちまってその、ナマモノにやるのもと思って」

 顔を輝かせながらソレに近づくコタロー。
 そのコタローに首に縄をかけられ、引っ張られているリキッドは既に顔が青い。
 肝心のパプワといえば、無言でソレを見つめている。
 沈黙が恐くてソワソワと視線を泳がせていると、コタローが言った。

「ねぇちょっと!一番上になんかこうあるもんじゃないの?」

「あ?あー・・・あぁ、いやさすがにそういう用途で作ったわけじゃねーからそれもどうかと思って」

「んもぅ気が利かないなぁ!見てみたいって言ってるのー!」

「ダメだぞロタロー、シンタローを困らせちゃ」

「えぇ〜。パプワ君がそういうなら我慢するけどぉ」

「ハハハ・・・」

 つい笑いが乾いてしまった。仕方が無いだろう。うん。

「シンタロー」

「ハイッ」

「ん」

「ん?」

「このケーキを切るものが必要だろう」

「あ、あぁハイハイ」

 リボンの飾りをあしらった、ナイフにしては長くて細い、
 そして切れそうにないものをパプワに手渡そうと手を差し出した。

「あ、え?」

 パプワは無言のまま俺の手ごとナイフを握ると、
 その大きさの違う三段重ねの――どうみてもウエディングケーキ――に
 ナイフを差し入れた。

 その瞬間がかなり長く感じ(実際は一瞬だったのだろうが)
 顔が熱くなるのをこらえようとしたとき、

「えっ、お姑さんが本当にお姑さんとか俺許せないっ」



 ドン



「ちょっと気をつけてよ!倒れちゃうじゃない!」

「あぁわりぃわりぃ。ちょっと埃がかかりそうだったから除けたんだ」

「んも〜。早く食べるよー!」

「はいはい」



 パプワの手が離れたナイフを持って切り分けて行く。
 大丈夫だろうか。
 いつもどおりに振舞えているだろうか。

 思わず緩む顔を背の高いケーキの陰に隠しながら
 俺はさっきの手のぬくもりを思い出して一人微笑んだ。




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ともひと
2010.6
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