「ワリィな、無理させちまって、と」

「お客さんみんなそういうわ。でもねえ、不思議とこの子お仕事休まないのよねえ」

「へぇ・・・」

「体、辛かったら休んでいいのよっていつも言ってるのよ。でも誰かの足音がするといつも飛んでっちゃう」

「なるほどな、と」

「もちろん2回目のお客さんでも全然覚えてないんだけどね」

 困ったものだわ、と女性は呟いた。

「それじゃ、次の準備あるからこの辺で。また来てネ」

 愛想よく笑うその女性の隣で、深く沈んだ青い瞳がまっすぐ前を見た。
 教えられたのか、小さく笑い片手をあげて表情ほどの小ささで手を振った。
 その仕草が女性的で、線が細く見える。
 女性に教えられたのだろうから無理もないことだと、思う。
 その手が、ぴたりと止まった。
 表情が固まっている。
 自分たちの後ろを見ているようだ。
 振り返る。
 紺色のスーツを着た長身の男がいた。
 自分の横を風が通り抜けた。
 そう感じた。
 一瞬後には男に抱きついている少年の後姿が見えた。

「あ、え?ちょっと、ごめんなさい!」

「いや、私は次の客だ」

「あらそうなの?」

「最後の客だが・・・客として入るつもりもない。このまま連れて行くが、荷物はあるのか」

「え?待ってちょっと!」

「話は通してある。聞いてくるといい。あと荷物を」

「ちょっと、ちょっとそこで待っててくださいね!?」

 女性は慌てて後ろの扉へ入っていった。
 連れ去りを警戒してなのか、扉は開けたままチラチラとこちらを振り返りながら走っていく。
 店長!と叫ぶ声が聞こえた。
 鏡台に並び化粧をしていた女たちが、何事かとこちらを見る。
 いたたまれない視線に、扉の前から体をずらした。

「お待たせしましたぁ」

 野太い声がした。
 タンクトップの男が、両手で大きな剣とそれを体に固定するためのベルト、少し大きめの紙袋を持って現れる。

「その子が持ってた荷物はこれくらい。確認してね」

 やはり野太い声だった。

「レノ」
「は?」

 長身の男に名を呼ばれ、隣にいた相方は柄の悪い返事をした。
 顎で示される。
 男の両手は少年を抱え上げたせいでふさがっているのだ。
 舌打ちが聞こえた。
 野太い声をした店長と呼ばれる男から紙袋を受け取って中を覗いている。
 私は大剣とベルトを受け取った。

「・・・おい、これ」

「行くぞ」

「ちょっと待てよ、これほんとにそいつのなのか?」

「何でもいい」

「・・・・・」

 少年を抱えた男―ツォンが店の出口へ向かって歩いていく。
 レノがその後を追って、私はさらにその後を追った。























「着替える。手を貸せ」

 ヒビがあちこちに入った大きな壁の前で、ツォンは少年を降ろした。
 正確には降ろそうとしたが、少年は離れなかった。

「・・・・・クラウド」

 びくりと、少年の肩が揺れた。

「私がわかるか、クラウド」

 少年は頭をふらつかせながら頷いて、首を振った。
 異常なほどに瞳が青々しく輝いていた。

「・・・・ソルジャーになるんだろ」

「そる、じゃ・・・おれ、は、そるじゃー」

「いや、お前はまだソルジャー試験に合格してないぞ、と」

 クラウドと呼ばれた少年が、レノが差し出した服を見た途端に顔つきを変えた。

「俺の服・・・?なんでタークスがここにいるんだ」

「・・・クラウド?」

「着替える。あ、俺の剣」

「・・・・・・・いや、これはザ」

 ツォンが腕を上げた。
 反射的に口を閉ざす。
 先ほどまで見ていた肢体があらわになって、傷がついた体を訝しげに見ながら着替えていく。
 その服を着ている彼を見たことはなかった。
 むしろその服も武器も、別の人間のもののはずだ。

「タークスがお迎えか・・・。何かあったのか?」

 隣でレノが口を閉ざした。
 ちらりと視線で問いかけられる。
 私は少しだけ首をかしげた。

「お前、自分の名はわかるか。所属は」

「は?何言ってるんだよ。今呼んだだろ」

「いいから言ってみろ」

「クラウド。ソルジャー1st。確かセフィロスと・・・任務に・・・あれなんで俺・・・」

 頭を抱える。
 金色の髪が揺れた。

「おい・・・」

「クラウド、お前これからどうするんだ」

「俺・・・俺これから・・・しんら・・・・・とじこめられ・・・館の・・・」

「・・・・レノ、ルード」

「あ?」

「後は私が面倒を見る。・・・おそらく連れ帰ることはないだろう」

「それってどっちの意味だ、と」

「行け」

「・・・チッ」

「・・・・・」

 行こうぜ。
 相方の呼びかけが聞こえた。
 踵を返し、来た道を戻る。
 悪態をつく相方の姿勢が悪い背中から殺気に近いものを感じる。

「あいつ、どうなるんだろうな、と」

 振り返った。
 濁った眼がこちらを見送っていた。
 その隣の自分たちの長に、目に見える殺気がないことに酷く安心する。

「・・・」

 早く行けと訴える視線に、視線を戻す。
 レノも同じように振り向いていた。
 胸元のからタバコを取り出し、ゆっくりと火をつけた。

「行くか、と」

「・・・・・」

 前を歩く細い男から紫煙が流れて来た。
 一服の後、タバコを持つ手がだらりと下げられる。

「あいつ、生きてると思うか、と」

「・・・・」

「・・・そうだな、と」

 こんなところまでタークスの長がわざわざ出向いたのだ。
 見逃されるはずもない。
 また紫煙が流れてきた。
 小さな舌打ちが聞こえた。






















「うっ・・・」

「・・・クラウド、お前に聞きたいことがある」

「・・・あ、う?」

「お前、ニブルヘイムで何を見た?行方不明になった奴らはどうなった」

「・・・・・」

「おい」

 巨大な壁にもたれかかっている青年は焦点が合っていない。
 ツォンは息を吐いた。
 熱気のこもるこのエリアの不快感もあいまって、思ったよりも大きな溜息になった。
 内ポケットから取り出した紐で手早く髪を纏め上げ、上着を脱いだ。
 ぐらぐらと揺れる頭が、不意にツォンを見た。
 その眼に一瞬光が戻ったのを見て、ツォンは駆け寄る。

「おい、わかるか」

「あっ・・・はか・・せ」

「博士?宝条のことか?」

「はかせ、おれ・・・にもなんば・・」

「あいつと逃げ出したと聞いて、正直安心したんだ。あいつはどうした」

「う・・・」

「てっきりお前はモンスターやられたのだと思っていた。ソルジャーにも慣れなかったヤツだからな。
 だからこそお前が生きているのならアイツが生きている理由にもなる」

「・・・くださ・・・」

 ゆっくりとした動きで腰を上げた青年が、四つんばいのまま近づいてきた。
 足元まで近づいてきた金色の頭を見下ろす。
 相変わらずぐらぐらと揺れながら、それでも膝立ちになろうとしていた。
 伸ばされた手がベルトにかかりそうなのを見てツォンは大きく一歩引いた。
 青年はベシャリと倒れた。

「誰と間違えたのかと思えば、よりにもよって宝条とはな・・・」

 もう髪を縛るのはやめよう、と自嘲気味に呟いた。

「よく聞け、クラウド」

「・・・う」

「お前が生きているのであればあいつが生きている可能性もあるな?言え。あいつはどこにいる」

「あい・・・つ?」

「お前の着ているその服の持ち主だよ。・・・いや、何故お前が持ってるんだ?」

「うっ、いた」

 身を起こそうとする青年の前で、ツォンはしゃがんだ。
 その心の片隅に突然暗雲が立ち込める。

「お前が懐いていたソルジャーはどこにいる」

「そる、じゃ・・・おれそるじゃに・・・なっ」

「馬鹿を言うな。お前は雑兵だ」

「お前と逃げ出したあいつはどこにいると聞いているんだ」

「おれ、ひとり・・で来た」

「一人?」

「はかせの・・・にげ・・て」

「逃げた?宝条からはお前とあいつは死んだから処分したと聞いた。やはり逃げたのか?」

「エサ・・の時間・・・、逃げ、た。トラッ・・だいにのっ・・・しんら・・・おいかけ・・・」

 ぐらぐらと揺れながら断片を語る青年の言葉を、ツォンは辛抱強く待った。
 ぼそぼそと、何を言っているのかわからないこともある。

「とりあえず宝条の報告は嘘ということだな。それも勝手に兵士を動かしたのか」

「なん・・・・でもや、やる・・・」

「ああ、あいつが言いそうなことだな。それで?」

「・・・」

「どうした?」

「そるじゃ・・・いなくなっ・・・・おれ、そるじゃにな・・・た」

「いなくなった?どういう意味だ」

「やめ・・・やめろ・・あ・・・うごか・・なん・・や、のもとそるじゃ・・・俺、が」

 一度、大きく息を吸い込んだ。
 そして突然はっきりとした声で、

「元ソルジャーがなんでも屋をやるんだ。楽しそうだろ?」

 と言うと、そのまま眼を閉じて地面へ頭から落ちた。
 慌てて頭と岩の間に自らの足を滑り込ませる。
 ゴツンと勢いよく頭が振ってきた。
 足の甲に当たった頭はそのまま動かなかった。

「ソルジャーが・・・お前?」

 脳裏に何かが過ぎった。
 自分のことをソルジャーだと―一般兵のはずなのに―言った青年。
 青年自体の記憶は抜け落ちている。
 混乱しているのはわかるが、成り代わっている。
 何故?

「・・・・ザックス!」

 目の前が暗くなった。







 それから後のことは、ツォン自身あまり鮮明に覚えようとはしていない。
 無意識に流していたのだろう涙をぬぐい、ピクリとも動かない青年を担ぎ上げた。
 青白い頬には涙が伝っていた。
 その涙が自分の予感を確信へと変える。
 乱暴にその涙をぬぐったが、一度得た確信まではぬぐえなかった。
 睫にたまっていた涙が流れる。
 もう一度ぬぐおうとして、やめた。
 小さく開いた唇をなぞり、指を離す。
 大剣を背負ったままの青年を担ぐ。
 顔が見えなくなると、線が細いことを覗いては親友を担ぎ上げているような気分になる。
 そんなことはもう一生来ないというのに。

「車掌、酔っ払いだ。適当な駅で降ろしておいてくれ」

「適当っつったって困りますよ」

「3駅ほど隣のやつだ。投げ捨てておけばいい」

 手に紙幣を握らせる。
 酔っ払ったような顔の男は破顔して頷いた。

「まあ、そういうことならお任せください。酔っ払いの扱いは慣れてますからね」

「頼んだぞ」

 乱暴に車内に連れて行かれる様子を見る。
 金目のものは持っていない。
 せいぜい武器程度だろうが手を出すやつはいないだろう。
 少しでも―少しでも長く忘れていればいい。
 そう思う。











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ともひと
 FF7の初期に書いていたので今見ると色々矛盾がありますが
 眼をつぶってやってください。
 








		
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