啓介が、藤原と付き合うだって? 突然の宣言とともに消えた弟の背中を眼で追った。 あの顔は興奮で何も考えられていないときの顔だ。 つまり、嘘ではない。 藤原が、啓介と付き合うだって? 夜の峠でぼうっと突っ立っているのが印象的な、あの少年。 プロDが始まってしばらく経つ今でも、自分と顔を合わせると未だに顔を赤くする。 ようやく車のことを覚えてきた少年が。 自室の部屋のドアを開ける。 鞄からレポートと資料を取り出して、机に並べた。 何かの間違いじゃないのか? ペンを握る。 後一息でこのレポートは完成する。 完成したら、弟に今の話を聞いてみてもいい。 いや、藤原のほうが冷静に答える気がする。 そうだ、藤原に-藤原に聞こう。 押しの強い弟のことだ。 藤原の言葉を全て聞かずに早とちりをした可能性もある。 普段の藤原なら、男と、しかもあの啓介と付き合うことに承諾はしないだろう。 そうだよな、アイツは彼女っぽいのが居たと誰か言っていたし。 でももし本当だったら。 あの少年はぼうっとしているようで、よく見ているし考えている。 本当に彼が承諾したのだとしたら。 何となく普段と感覚がずれたのではないのか。 秋口に差し掛かって人肌が恋しくなったとか。 誰かに振られた腹いせだとか。 純粋に欲求不満だとか。 なんで- なんで、オレじゃないんだ? そこに思い至って、彼はノートに走らせていたペンを止めた。 ぷつりと集中力が切れた音がする。 息を吐いて、机に向かっていた背を後ろへと反らせて伸びをした。 空気が動いたことに気づき振り返ると、部屋のドアが開けたままになっている。 動揺、してるのか。 立ち上がって、部屋のドアを閉めに向かう。 ふと、廊下を眺めると隣の部屋のドアは開いていた。 よくドアを開け放して風を通しているので、わざとなのか閉め忘れたのか判断がつかない。 どうせ寝ているのだろうとその部屋の前まで行けば、部屋の入り口から点々と靴下やパーカーが落ちていて、 辿った先のベッドにうつ伏せで寝ている弟がいた。 結局そのまま自分の部屋に戻り、今度はドアを閉めた。 再び机に向かい、ペンを手に取る。 これを終わらせてゆっくりと考える時間を取ろう。 自分も変な考えに取り付かれているに違いない。 何かから逃れるように彼はレポートに没頭した。 太陽はもう、昇っている。 →NEXT / RETURN to iniD-TOP